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東京高等裁判所 昭和53年(行コ)60号 判決 1980年10月29日

控訴人(原告) 有限会社 バー由美

被控訴人(被告) 新潟財務事務所長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四七年二月二九日付でなした控訴人の昭和四五年一月から昭和四六年一〇月までの各課税期間の料理飲食等消費税更正処分及びこれにともなう過少申告加算金賦課決定処分は、いずれもこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり補正・附加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決五枚目表一一行目に「これに」とあるのを「これを」と、同一二行目に「利益率を乗じて」とあるのを「原価率で割つて」と、同六枚目表一〇行目及び同八枚目裏二行目に「利益率」とあるのをいずれも「原価率」とそれぞれ改め、同九枚目表末行に「各一ないし四」とある次に、「第六ないし第一九号証」と加える。

二  原判決七枚目表七行目から同枚目裏一行目までを次のとおり改める。

「2 被控訴人の主張2は争う。

3 同3については、本件において被控訴人が行つた推計の方法が被控訴人主張のとおりであることは認める。

4 同4については、最終的な売上総脱漏額算出にあたり控訴人の意見を採り入れたとする点は争うが、その余は認める。

五  控訴人の主張

1  推計課税を行うことが許されるためには、第一に、納税者が青色申告の承認を受けている者でないこと、第二に、帳簿書類の備付けがあつてもその内容に信憑性が認められず、実額の課税ができない場合であることが必要である。

しかるに、本件においては、以下述べるとおり右の条件がいずれも欠如している。

(一)  第一の条件について

控訴人は国税である法人税について青色申告の承認を受けている者であるところ、所得税法一五六条、法人税法一三一条によれば、青色申告の承認を受けている者に対しては、その記帳にかかる帳簿に明白な誤りのある場合を除いては所得税、法人税につき推計により更正処分を行うことは許されないとされている。地方税である料理飲食等消費税(以下「料飲税」という。)については、青色申告者に対する推計課税の許否につき規定が設けられていないが、(1) 青色申告制度は、申告納税制度の定着を図るため導入された制度であり、帳簿書類を基礎とした正確な申告を奨励する意味で一定の帳簿書類を備え付けている者に限つて青色の申告書を用いて申告することを認め、課税上各種の恩典を与えることとしたものであるから、税法が申告納税制度を採用している場合には青色申告制度の趣旨を最大限に生かすべきものと解されるところ、料飲税も申告納税制度を採用していること、(2) 地方税法は、同法三二条三項、四五条の二第一項二、七二条の一七第二項、三一三条三項等に青色申告制度を前提とした規定を置いていること、(3) 地方税法には所得税法、法人税法を前提とした条文が多数存在し、このことは、所得税、法人税と地方税とは課税主体や課税態様を異にするだけで、課税に対する基本的な考え方や算定方法を共通にするものであることを示していると考えられること、などを総合して考えれば、所得税、法人税について認められる青色申告者に対する推計課税の制限は、地方税、したがつて料飲税にも及ぼさるべきである。

したがつて、青色申告の承認を受けている者に料飲税脱税の疑いが生じた場合、財務事務所長としては、調査機能も著しく弱体なのであるから、まず税務官署に報告し、税務官署の調査により青色申告承認取消しの処分がなされるのを待つべきであり、これを待つことなく勝手に推計による更正処分を行うことは許されないと解すべきである。ちなみに、本件におけるように、国税につき青色申告承認の取消しを経て更正処分がなされていないのに料飲税につき推計による更正処分を行うことが許されるとすると、課税の合理性と公平の観点から看過しえない事態が生じる。すなわち、控訴人の昭和四四年六月から昭和四七年五月までの三会計年度における申告所得の合計は金一万六九二八円であり、これについては何ら更正処分等はなされていないところ、仮に被控訴人の推計した売上脱漏金が正しいとすれば、これから算出される脱漏差益金三三万二一三〇円は右申告所得の一九・六倍にも達し、控訴人は国税と地方税とで余りにも異なる取扱いを受けることになる。

(二)  第二の条件について

本件において売上脱漏があつたことをうかがわせるものとしては、新潟財務事務所の職員が昭和四六年九月二三日の資料収集調査の際交付されたという公給領収証正本とその写との不一致例一箇があるにすぎない。被控訴人は控訴人が公給領収証の不正使用をした旨強調するが、バー等の飲食店においては、客の方でも公給領収証を要求する者は極めて少なく、短時間に客が集中する業種でもあるため、公給領収証はほとんど交付されていないのが実情であり、店によつては毎日閉店後必ずまとめて記入し、正本を破棄する処置をとつているが、数箇月分まとめて記入する等の処置をとつているところもあり、本件課税期間当時控訴人においても右のようなずさんな処置を行つていたため、たまたま前記のような正本と写との不一致が生じただけのことである。被控訴人は、控訴人の関係帳簿が完備され、補助簿等の記載にも基本的に誤りが存在しなかつたにもかかわらず(なお、控訴人が右帳簿等の提供を拒んだ事実は全くない。)、これを無視し、前記不一致例一箇のみをとりあげ、これをもつて資料収集調査を尽くしたとし、控訴人関係者からの事情聴取も一切行わなかつたものであり、被控訴人において実額把握のために必要かつ十分な調査を尽くしたとは到底いえない。よつて、本件推計課税は、前記第二の条件を満たしていないといわなければならない。

2  推計課税が許されるとしても、その推計方法には合理性があることを要するところ、そのためには、推計の基礎とされた事実が正確であること、推計方法が具体的に適用される事案の実情に適合していること等が必要である。

しかるに、被控訴人が行つた本件推計の方法は、以下(一)ないし(七)に述べるとおり合理性を欠いている。」

三 原判決八枚目裏五行目から同九行目までを次のとおり改める。

「(五) 本件において被控訴人がとつた推計方法は、本人比率による比率法と呼ばれるものであるが、この方法は、法人税等の場合に、売上推定額と申告売上額との差額たる売上脱漏額をそのまま過少申告所得とみなすのではなく、当然に予想される仕入の伸び率をも考慮し、仕入推定額と申告仕入額との差額を更に費用として認め、過少申告所得を伸び率の範囲に減額する方法として広く認められている方法であり、その限りで納税者に寛容な方法として説得力を有するものといえる。しかし、料飲税は、そもそも所得に対して課税されるのではなく、特別徴収義務者が売上の際消費者から税金分として預かつたものを代納するという仕組のものであり、これについて前記の推計方法を用いるとすれば、売上脱漏額に相当する税を納税者が他に流用してしまつたことになり、いかに仕入額が高額に推定されようとも課税の減額にはつながらない。結局、所得を推計するのに用いられる右方法を本件のような料飲税の場合に適用することは事案に適合しないというほかない。

(六) 被控訴人がとつた推計方法は、昭和四四年一月から五月まで(以下「A期間」という。)の一箇月当たりの仕入額を基礎にして、これに利用客一人当たりの消費額の伸び率(昭和四四年一月から一二月までと本件課税期間、すなわち昭和四五年一月から昭和四六年一〇月までとを比較して算出)を乗じて本件課税期間の一箇月当たりの仕入額を算出し、これから右期間の総仕入推定額を求め、これについて昭和四五年一月から昭和四六年八月まで(以下「B期間」という。)の原価率により逆算して本件課税期間の総売上額を算出するという方法であるが、このように仕入額を基礎にして比較する方法をとるには、A期間の原価率とB期間のそれとがほぼ同一であることが前提となる。けだし、右がかなり異なるということになれば、当該営業の経営形態が両期間で異なるということになり、仕入額を比較すること自体が無意味となるからである(例えば、売上額が二倍になつても、原価率が半分になれば仕入額は全く同額である。)。本件の場合、A期間の原価率は二六・九パーセントで、B期間のそれ一九・六パーセントの約一・三七倍にも当たるのであるから、到底正常な比較をなしうる場合にあたらず、前記のような仕入額による比較という方法をとることは不合理というべきである。

比率法の一形態として単純に売上額を比較する方法、すなわち前回調査時被控訴人により更正されたA期間の売上額合計金二二一万二四五〇円に前記消費額の伸び率一・二一五を乗じ、その算出額に五分の二二を乗じて期間修正を施すという方法によつて本件課税期間の売上額を推計してみると、合計金一一八二万七七五七円であり、控訴人の申告額金一〇七〇万七三二〇円との差額は金一一二万〇四三七円となる。右差額は右推計額の約九・四パーセントであり、右推計方法がさほど精度の高い方法といえないことからすれば、右の程度の誤差は許容される範囲に属するものであつて、控訴人の申告額はまずまずの金額といえる。

(七) 被控訴人はその主張する推計方法により算出した税額を、控訴人が一度不満を述べるや、たちまち三二パーセント減額して本件更正処分に及んだ。この事実自体、被控訴人のとつた本件推計方法に根拠がないことを明瞭に物語つている。

六  前項の控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1(一)  前項1(一)の主張について

本来地方税は、地方税法及び地方団体の条例の定めるところにより賦課徴収すべきものであるから、所得税法、法人税法の規定が地方税に直ちに適用されるものでないことはいうまでもない。控訴人が挙げる(1)の点については、料飲税は、所得税、法人税とは課税主体を異にするばかりでなく、課税の態様においても著しく相違する間接税であり、申告納税制度を採用する点において共通であるとしても、青色申告者なるが故にその者を料飲税の課税上、所得税等におけると同様別異に取扱うことは料飲税の性格になじまないのみならず、課税の公平を期する上で支障が大である。同(2)の点については、控訴人挙示の条文は、道府県民税、市町村民税及び事業税に関するものであり、これらの規定は正に取扱い等を国税に準拠させる旨をここで法定しているものである。これに対して料飲税はその特殊性から公給領収証制度を運営の根幹としており、右の如き規定が設けられていないのは取扱上も独自であることを示すものである。

次に、本件更正処分は地方税法一二四条一項によるものであるところ、右条項による更正処分はいわゆる自主更正であるから、国税に先行することも当然に法の許容するところであり、青色申告者に対する推計課税の許否について、控訴人主張のような国税優先的な解釈の入る余地はない。また、料飲税は申告その他業務単位が月毎であるから、その調査において、国税が未確定又は未措置の期間についても早急な対応を必要とし、国税の措置を待つてこれに依存することのできない事情がある。したがつて、料飲税の運営は、法的にも実務的にも地方団体の自主的判断に委ねられるべきものであり、青色申告者に対しても、実額による課税が不可能な事情がある場合には、料飲税自体の課税の合理性と公平の見地から推計課税を行うこともやむをえないものとすべきである。

なお、料飲税の更正を受けた者が国税の修正申告を怠る場合には、地方税と国税とで異なる取扱いとなるおそれがあるが、それは納税者側にその責が帰せられるべきものであつて、これをもつて以上の解釈を左右することはできない。

(二)  前項1(二)の主張について

控訴人は一例にとどまらず他にも多数の公給領収証の不正使用を行つていたものである。ことさらに公給領収証の正本を切り離した上で正本と写とを別々に記入するという手数のかかる方法をとるということは不正使用を意図していたことが明らかであり、正本と写の不一致が生じた理由として控訴人の主張するところは到底納得しがたい。料飲税において適正課税と申告の根幹を成すものは公給領収証であり、いかに帳簿類が完備し、これと売上伝票、公給領収証写の数字が合致していたとしても、公給領収証が二重に使用されていたり、発行されていなかつたとすれば、料飲税の課税標準額(売上額)の実額を右帳簿類から的確に把握することは不可能であるから、控訴人の主張は失当である。

2(一)  前項2(一)の主張について

控訴人設立前の「バー由美」の経営者は控訴人代表者坂井稔であつたのであり、坂井由美子は共同経営者として名前を出していたにすぎない。控訴人設立後、従前からの実質上の経営者で、記帳管理をも担当してその責任を負つていた坂井稔が会社代表者となり、従前同様洋酒を主とするバーとして経営し、店の名称、従業員数、店舗の規模、内装、料金等にも変化なく、その営業態様、経営の実態は法人設立前と実質的に何ら変動していないものである。

(二)  前項2(五)の主張について

控訴人の主張の趣旨は、所得を推計するのに用いられるべき比率法を料飲税の課税標準額たる売上額の推計に用いるのは適当でないというにあるものの如くであるが、所得の算出にあたつても、本件で被控訴人が用いたような比率法は右算出の前提となる売上額を推計するのに用いられるのであり、この場合には、推計された売上額からそれに対応する経費分を差引いたものが課税標準額とされるのに対し、料飲税について右比率法を用いる場合には、推計された売上額がそのまま課税標準額とされるという相違があるのみであつて、いずれの場合にあつても、売上額そのものの推計方法には異なるところがないのであるから、控訴人の主張は失当である。

(三)  前項2(六)の主張について

控訴人主張の売上額を比較する方法なるものは、売上人員が両期間とも同数であることを前提とするものであり、本件には妥当しない。」

四 証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び同3の各事実は当事者間に争いがない。

そして、本件更正処分は、被控訴人がその主張3において主張する方法により本件課税期間の課税標準額すなわち売上額の合計を金一五八四万円と推計し、売上脱漏額を合計金五一三万二六八〇円と算出した上、同4に主張するとおり最終的に売上脱漏額を合計金三四九万〇一三〇円と認定し、これを本件課税期間の各月毎の申告額に対応させて按分したものを右申告額に加えて課税標準額とし、その一〇パーセントを税額と更正したものであることも、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件が推計課税によることのできる場合であるか否かについて検討する。

1  原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四、五号証の各一ないし四、同第六ないし第一九号証、成立に争いのない乙第二〇、二一号証、同第二二号証の一ないし一一、同第二三号証の一ないし四、同第二四号証の一ないし五、同第二五号証、公給領収証写と同正本との二枚複写の用紙で、一枚目(写)の裏に青カーボンが付いており、一枚目に書いた文字はそのまま二枚目(正本)に複写されるようになつていることに争いのない検乙第一号証、原審証人江畠昇平、同庭野肇、同渡辺建夫(第一、二回)、当審証人丸山由美子の各証言、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  控訴人代表者坂井稔とその姉坂井(現姓丸山)由美子は、昭和四三年二月一五日から控訴人肩書地において「バー由美」を経営していたが(料飲税の特別徴収義務者も右両名であつた。)、昭和四四年六月二日坂井稔とその妻を取締役とし、坂井稔を代表取締役として控訴人会社が設立され、右店舗の営業を引継いだ。従前いわゆるママとして接客にあたつていた坂井由美子は控訴人設立後は一切営業から手を引いたが、右設立の前後を通じて、店舗内部のテーブル、椅子の配置、室内装飾その他の構造にはほとんど変化がなく、取扱い品目はいずれもビールを主とする酒類を中心とし、酒類の仕入とその他の仕入との比率もほぼ同じであり、従業員数は、家族従業員を含めた従前の従業員総数五名に対し、坂井由美子がぬけ接客係とバーテンが各一名増えて六名となつただけで、営業態様に特段の変化はなかつた。

(二)  被控訴人は、控訴人設立前の「バー由美」の昭和四三年六月から昭和四四年五月までの料飲税について調査を行い、ビールの仕入本数と売上本数とを照合した結果、仕入本数には脱漏がないが、売上本数に脱漏があるとして、右期間の売上総額を金六九一万九七二〇円と認定し、昭和四四年八月頃更正処分をしたことがある。

(三)  本件課税期間である昭和四五年一月から昭和四六年一〇月までの二二箇月間の控訴人の申告売上総額は金一〇七〇万七三二〇円であるところ、そのうち昭和四五年六月から昭和四六年五月までの一年間の分は金五六〇万四〇一〇円、昭和四五年一月から同年一二月までの一年間の分は金五七一万四一六〇円となつており、また右二二箇月分の二二分の一二を試算すると金五八四万〇三五六円であつて、いずれも前記昭和四三年六月から昭和四四年五月までの一年間の「バー由美」の更正後の売上総額を一〇〇万円余下回つている。新潟県総務部税務課発行の新潟県税務統計要覧によると、同県における料飲税の調定額は昭和四三年から昭和四六年にかけて毎年、前年に比べて少ない時で九・八パーセント、多い時で一七・七パーセント増加しており、このことは同県下の飲食店等の売上額が全体として右の割合で増加していることを示すものと解されるところ、「バー由美」の売上額が右期間中右の統計と異なる傾向を示すような格別の事情はうかがわれず、その経営は順調に推移していた。

(四)  昭和四六年九月二三日新潟財務事務所の職員二名は、料飲税の資料収集調査のため、「バー由美」にて飲食し、その代金五七二〇円を支払い、同日付の同金額の公給領収証正本(番号K五六五一九四)を受領し、同時に同店舗に居合わせた一名の客の飲食代金が六〇〇〇円台であることを確認した。同年一二月被控訴人は控訴人の申告にかかる本件課税期間の料飲税の課税標準額を調査することになり、控訴人の保管している公給領収証写(公給領収証用紙は、特別徴収義務者において保管する写と利用客に交付する正本とが二枚綴りになつており、一枚目の写に記入すれば、その裏側に塗布された青カーボンの働きにより二枚目の正本にそのまま複写されるようになつている。)及び売上伝票について前記二名の職員や前記一名の客の飲食代金の支払に該当するものを調査したところ、昭和四六年九月二三日の日付のある公給領収証写は四枚あり、いずれも売上伝票に符合していたが、右職員が受領した正本とは番号を異にし、その中には客数一名のものもなく、前記飲食代金額に符合するものは見当たらず、右職員が受領した公給領収証正本については他の日付のものの中にも金額の符合する公給領収証写、売上伝票は存在しなかつた。そして、右正本と番号の対応する公給領収証写は、日付・昭和四五年九月二一日、人数・一名、金額・一八七〇円と記載されており、右正本とは別個に記入されていることが明らかとなつた(以上のうち、新潟財務事務所の職員が資料収集調査において控訴人から受領した公給領収証正本の記載金額に符合する同写が存在しなかつたことは当事者間に争いがない。)。

被控訴人は、右調査後控訴人から、備付けの総勘定元帳(その提示は控訴人の都合により遅延し、翌昭和四七年二月にようやくなされた。)、売掛帳、入出金伝票、振替伝票、売上伝票、酒類納品書等の提示を受け、検討したところ、右帳簿等の数字は相互に矛盾なく符合していた。

(五)  本件更正処分後被控訴人が「バー由美」の利用客の一つである株式会社本間組について調査したところ、私製領収証や通常の記入方法による限り当然に青カーボンで複写されるべき公給領収証正本の金額欄に黒色ないし青色ボールペンで直接書き込まれている一〇数枚の公給領収証正本が発見された。(なお、本訴において控訴人から右正本に対応する写、売上伝票の提出はない。)

以上のとおり認められ、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

2  一般に、推計課税が許されるためには、帳簿その他の資料の備付けがないとか、それがあつてもその内容に信憑性がない等のため、課税標準額を実額によつて把握することができない場合であることを要するものと解される。これを本件についてみるに、前項認定の事実によれば、控訴人の保管、提示にかかる証憑、諸帳簿上の売上額には意図的な脱漏があるものと認めざるをえず、右証憑、諸帳簿がそれ自体としては相互に符合一致した数字に満ちていようと、売上額の認定にあたりこれを信用しがたいとされてもけだしやむをえないところというべく、結局、存在する証憑、諸帳簿によつては売上額の実額を把握しがたいことに帰し、さればといつて利用客のすべてを追跡調査して右実額を把握することは事実上不可能であること明らかであるから、本件は右に述べた推計課税が許されるための要件を満たしているというべきである。

控訴人は、その主張1(一)において、推計課税が許されるためには、右の要件に加えて、納税者(料飲税については特別徴収義務者)が青色申告の承認を受けている者(弁論の全趣旨によれば、控訴人は法人税につき右承認を受けていることが認められる。)でないことが必要であると主張する。なるほど、法人税法一三一条、所得税法一五六条によれば、法人税及び不動産所得、事業所得、山林所得に対する所得税については、青色申告の承認を受けている者に対する推計課税は許されないものとされているが、このような明文による制限が存しない以上、料飲税について、右承認を受けている特別徴収義務者に対し推計課税をすることがいかなる場合にも許されないものとすべき理由はないと解すべきである。料飲税が、特別徴収義務者につき申告納税制度を採用している点で、所得税、法人税と共通点を有していることは、控訴人がその主張1(一)の(1)に主張するとおりであるけれども、所得税、法人税の申告に関し設けられている青色申告制度は帳簿書類の整備及びこれへの正確な記帳ということと密接不可分の関係にあるところ、料飲税の申告は帳簿書類の整備等よりも公給領収証の正確な記入、発行に基礎を置いていること等を考えると、前記のような共通点があるからといつて、所得税、法人税につき青色申告の承認を受けている料飲税の特別徴収義務者を、所得税、法人税におけると同様に、料飲税に関しても特別に取扱うべき合理的理由はないものというべきである。控訴人がその主張1(一)の(2)及び(3)に主張する点は、その主張自体に徴し右の判断を左右するに足りないことが明らかである。また、弁論の全趣旨によれば、控訴人は法人税につき青色申告の承認の取消し及び更正処分を受けていないことが認められるところ、かかる段階で料飲税につき推計による更正処分がなされると、控訴人は同じ売上額について国税と地方税とで異なつた認定を受けることになることは事実であり、控訴人はこの点を目して看過しえない事態であると主張するが、そもそも右のように売上額の認定に相違が生じるからといつて、そのことがそれのみで直ちに右更正処分を違法ならしめるとはいえず、また、本件更正処分は地方税法一二四条一項によるものと解されるところ、同条項と同条三項とを対比すると、同条一項による料飲税の更正は必ずしも国税の更正に従属することなく独自になされうることが明らかであるから、控訴人の右主張は失当というほかない。更に、控訴人は、その主張1(二)において、本件で売上脱漏があつたことをうかがわせるものとしては、事務処理の手違いによりたまたま生じた前項(四)認定の公給領収証正本とその写との不一致例一箇があるにすぎず、被控訴人が控訴人保管にかかる完備された誤りのない関係帳簿等を無視し、右不一致例一箇のみをとりあげ、他に調査を行わなかつたのは、実額把握に必要かつ十分な調査を尽くしたとはいえず、本件は推計課税によりうるための条件を満たしていないと主張する。しかしながら、控訴人代表者が原審及び当審における尋問において、右のような不一致が生じたことの弁解として供述するところは到底納得しがたく(右弁解が成り立つためには、当該公給領収証正本と番号こそ異なるが金額、日付の符合する写及び右正本と対応する売上伝票が存在しなければならない。)、右のような公給領収証の正本と写との不一致は単なる事務処理上の過誤によるものではなく、売上脱漏を目的とする不正使用によつて生じたものとの疑いをもたれてもやむをえないところであり、また、その具体的態様にかんがみると、右のような不正使用の例がたまたま財務事務所職員が資料収集調査の際入手した分だけであるとは考えにくく、他にも相当数同様の例があるとみるのが自然である(前認定のように、本件更正処分後控訴人発行の公給領収証正本に直接ボールペンで記入したものが発見されている。)。そうすると、被控訴人において、控訴人の保管にかかる関係帳簿がそれ自体としてはいかに完備され、その数字が相互に符合していたとしても、これによつては控訴人の売上額の実額を把握することができず、他に右実額把握のための適当な方法も見当たらないとして、推計課税によることとしたことに違法のかどはないというべきである。

以上のとおり本件は推計課税により課税標準額を算出することの許される場合であるということができ、原審証人江畠昇平、同和久井茂の各証言中右判断に反する部分は採用せず、他に右判断を左右しうべき資料はない。

三  進んで、本件推計方法の合理性について審究する。

1  先に認定した本件推計方法は、これを要約すると、昭和四四年一月から五月までの一箇月当たりの仕入額(前出乙第二二号証の三、原審証人渡辺建夫の第一回証言、当審における控訴人代表者本人尋問の結果によれば、この額は前記二1(二)認定の前回調査により被控訴人が実額と認めたものである。)を基礎にして、これに利用客一人当たりの消費額の伸び率(昭和四四年一月から一二月までと本件課税期間とを比較して算出)を乗じて本件課税期間の一箇月当たりの仕入額を算出し、これから右期間の総仕入推定額を求め、これについて昭和四五年一月から昭和四六年八月までの原価率により逆算して本件課税期間の総売上額を算出するというものである。右推計方法は比率法に属するものであるが、比率を得る資料としては、「バー由美」自体の過去の一定期間の営業に関する資料、数値を用いるもので種々考えられる推計方法の中でも個別性、近似性の高い方法であり、かつ右に要約したところからも明らかなとおり、方法自体として論理法則、経験法則に反するなどの瑕疵もなく、これを合理的なものと認めることができる。そして、原審証人渡辺建夫の証言(第二回)によれば、被控訴人は本件推計の過程で算出された各種数値については、近隣の同種、同規模の飲食店業者の場合の数値との比較を行い、相当性を検討したうえでこれを採用したものであり、このことは、本件推計過程を記載した新潟財務事務所職員作成の調査結果報告書(乙第二二号証の一ないし一一)には明示的には記載されていないが、本件推計の当然の前提とされていたことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、この意味において本件推計方法は単なる数字の操作にとどまらず、客観的数値との比較検討による裏付けを伴つているものということができる。

2  控訴人は、その主張2において、本件推計方法が合理性を欠く旨を七項目にわたつて主張するので、以下これを順次検討する。

(一)  控訴人の主張2(一)について

前認定のとおり「バー由美」は、昭和四四年一月から五月当時と本件課税期間当時とで営業主体が個人から法人に変わつたものの、営業の規模、態様に格別の変化はなく、実質上前後同一とみられるのであるから、本件推計にあたり被控訴人が前回調査により実額と認めた昭和四四年一月から五月までの間の仕入額を基礎としたことに問題はないというべきである。

(二)  同(二)について

被控訴人が利用客一人当たりの消費額の伸び率を算出するにあたつて昭和四四年一月から一二月までの一二箇月間の平均消費額と昭和四五年一月から昭和四六年一〇月までの二二箇月間のそれとを対照し、同一の月ないし同一の月数について対照を行つていない点は、期間対照の方法として問題がないではない。しかしながら、試みに、原判決別表(三)により算出される昭和四四年一月から一〇月までの平均消費額金一三一二円と昭和四六年一月から一〇月までのそれ金二〇七八円とによつて伸び率を計算すれば、かえつて被控訴人の採用した方法による伸び率一・二一五を大幅に上回ることが明らかである。一方、右別表(三)により昭和四五年一月から一二月までの平均消費額を算出すると、金一五六一円であり、これと昭和四四年一年間の平均消費額金一三七〇円とによる伸び率は一・一三九となつて被控訴人採用の方法による伸び率よりも小さくなるが、右一・一三九を用いて本件推計方法により本件課税期間の総売上額を試算しても、控訴人の申告売上額との差額は、被控訴人が最終的に認定した売上脱漏額金三四九万〇一三〇円をなお上回ることが認められる。してみると、被控訴人が採用した右伸び率算出方法の問題点は、本件更正処分を不当ならしめるほどのものとはいえない。

また、控訴人は、経営方針の変更がある場合にはその変更の前後で一人当たりの消費額の伸びと総仕入額の伸びとが比例するものとみる根拠はないと主張するが、昭和四四年当時と本件課税期間当時とで「バー由美」の営業態様に格別の変化がないことは前認定のとおりである(控訴人主張のように、料理を主体とする営業に切り替えられたことを認めるに足りる証拠もない。)。

(三)  同(三)について

被控訴人は、課税標準額である売上額を推計するについてまず前項の方法によつて仕入額を推計しており、このことは被控訴人が売上額のみならず控訴人保管の帳簿、証憑にあらわれた仕入額にも脱漏があると判断したことを意味するわけであるが、前出乙第二二号証の六、原審証人渡辺建夫の証言(第二回)によれば、右帳簿、証憑にあらわれた本件課税期間のうちの昭和四五年一月から昭和四六年八月までの仕入額と売上額とを用いて算出される原価率は一九・六パーセントで、近隣の同種、同規模の飲食店における原価率と比較して正常な範囲内にあることが認められるのであるから、前判示のとおり本件課税期間の売上額に脱漏があると判断される以上、被控訴人がこれに対応する仕入額についても脱漏があるとみたことには合理性があるといわざるをえない。そして、それ自体としては相互に符合している帳簿、証憑から明らかな分を超える仕入のすべてを調査して仕入総額の実額を把握することは困難であるというほかないから、被控訴人が仕入先等を格別調査することなく前記のように仕入額を推計したとしても、これをもつて不当であると非難することはできない。

(四)  同(四)について

被控訴人が本件課税期間中の原価率を算出するについて控訴人の帳簿にある仕入額、売上額の数字をそのまま用いていることは前項認定のとおりであるが、右数字は絶対額においては措信しがたいにしても、前叙のとおり本件においては仕入額、売上額の双方に脱漏があると判断され、帳簿上の仕入額と売上額とにより算出された原価率が近隣の同種、同規模の飲食店における原価率と比較して正常な範囲内にあること前記のとおりであるから、右算出された原価率を用いたことに不当はなく、控訴人の主張は失当である。

(五)  同(五)について

控訴人は、被控訴人のとつた本件推計の方法は所得を推計するのに用いられるべきもので、これを本件のような料飲税の場合に適用することは事案に適合しないと主張するが、被控訴人が反論するように、右方法は所得を推計する場合にもその前提となる売上額の推計に用いられるのであり、売上額を推計するという点において本件の場合と何ら異なるところはなく、右主張は採用しがたい。

(六)  同(六)について

A期間とB期間とで「バー由美」の営業の態様に格別の変化がないことは前認定のとおりであり、なるほど、B期間の原価率が前記のとおり一九・六パーセントであるのに対し、前出乙第二二号証の三、同第二四号証の三によれば、A期間のそれは二六・九パーセントであることが認められるが、このように二つの期間の原価率が異なるということになれば、仕入額の増加があつても売上額が右増加にそのまま比例して増加するとはいえないことになるだけのことである(例えば、原価率が仕入額の増加率よりも大きな割合で上昇すれば、仕入額の増加があるにもかかわらず売上額は減少する。)。仮に、仕入額の増加が売上額の増加にそのまま比例するとの前提に立つて、A期間の売上額に両期間の仕入額の増加率を乗じ、五分の二二を乗じて本件課税期間の売上額を算出するという方法をとるとすれば、右方法こそ原価率の相違を無視しているとの非難があてはまるけれども、本件推計方法は右と異なり前記のとおりの方法で算出された本件課税期間の仕入額を、右期間とほぼ一致しこれに対応するといつてよいB期間の原価率で割つて、売上額を算出するというものであり、前記のような原価率の相違の存在は、格別右方法自体を不合理とする理由になるとは考えられない。

なお、控訴人のいう売上額を比較する方法、すなわちA期間の売上額に利用客一人当たりの消費額の伸び率を乗じ、これに五分の二二を乗じて本件課税期間の売上額を推計する方法は、被控訴人の主張するとおり売上人員が両期間とも同数であることを前提とするものであり、右方法により算出される売上額の数字を根拠に本件推計方法を非難することは当を得ないというべきである。

(七)  同(七)について

被控訴人が本件課税標準額を合計金一五八四万円と推計し、売上脱漏額を一旦合計金五一三万二六八〇円と算出したが、最終的にこれを合計金三四九万〇一三〇円と認定して本件更正処分をしたことは前判示のとおりであるところ、原審における証人渡辺建夫(第一回)、同庭野肇の各証言、控訴人代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人が右のように認定額を減額したのは、控訴人代表者から売上額が金一五八四万円もの多額であるはずがなく、これを前提とする多額の納税には能力的にも応じられないとの主張がなされたので、右主張を考慮し、かつ推計に必然的に伴う誤差を小さくして控え目な結論を採用しようとしたものであると認められ、右認定に反する証拠はないから、右のような減額をしたことをもつて被控訴人のとつた本件推計方法に根拠がないことの証左とみることはできない。

3  前項に説示した控訴人主張の各項目の個別的検討に加え、右各項目をあわせて考慮し、更に原審証人江畠昇平、同和久井茂の各証言を斟酌しても、本件推計方法が合理的なものであるとの前記判断は左右されず、他にも右判断を左右すべき根拠は見出されない。

四  以上説示したとおりであつて、本件は推計課税によりうる場合にあたり、被控訴人がとつた推計方法は合理的なものということができるから、これに基づいてなされた本件更正処分は適法なものというべく、右処分が根拠のない見込みにより厖大な課税標準額を恣意的に認定してなされた違法な処分であるとして、その取消しを求める控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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